交通事故の賠償金を、一時金として受け取るか、それとも定期的に支払いを受けるかという賠償方式の問題があります。後遺障害の逸失利益や介護費用などが高額にのぼるケースで、余命の認定の問題とともに議論となってきました。
介護費用の考え方については、こちらで解説していますのでご参考ください。
ー 目次 ー
定期金の賠償の方式
(1)定期金賠償とは
一般的に交通事故では、賠償金を一時金として支払を受ける方法が採られています。
交通事故で被害に遭った場合、実際に要した治療費や交通費などは賠償額が確定できますが、将来の損害については、厳密にはそのときになってみないとわかりません。たとえば、後遺障害が残って将来の労働能力が失われたことに対する補償(逸失利益)や、将来の介護が必要となった場合の介護費用などは、そのときの身体状態がどのようなものであるか、生存の有無によって、金額が変わりうるものです。
もっとも、一般的には症状固定の時点で、将来の損害も推定して一時金として賠償を受けるというのが一般的な実務の賠償の在り方です。
交通事故賠償で争いとなる将来の介護費用は高額にのぼる一方で、被害者の平均余命をどのように認定するかという問題もあり、被害者と加害者の損害分担の公平という点をクリアできる「定期金賠償」という方式が実務では検討されてきました。
定期金賠償とは、一定期間又は不確定期間に、繰り返し賠償の履行を受けるものです。たとえば、被害者が●歳になるまで毎年、賠償金を受領するといったようなものになります。
以下のとおり、民事訴訟法で定期金の判決の変更を求める訴えについて規定されたことで、具体的に定期金賠償による方式が判決ではどのようなケースで認められるかが議論となってきました。
民事訴訟法117条1項
口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。ただし、その訴えの提起の日以後に支払期限が到来する定期金に係る部分に限る。
(2)定期金賠償と一時金賠償のメリット・デメリット
定期金賠償のメリットとしては、損害の公平な分担(被害者の介護状態の変化への対応)、賃金水準の変化等への対応、中間利息控除の回避、加害者に対する懲罰的機能などが挙げられます。
一時金賠償では、請求時に将来に発生する損害を擬制して受領することから、被害者の介護状態が変化した場合や物価変動などに対応ができませんが、これを回避できる損害の公平な分担が定期金賠償にあります。
また、一時金賠償では将来の分を先に受領するため、得をする利息分を控除する中間利息控除の算定を行いますが、控除される利息が時代によっては過大な可能性もあり、定期金賠償ではこれを回避することができます。
他方でデメリットとしては、支払側の資力悪化・履行確保・長年に渡り相手方との関係が継続することなどが挙げられます。
これらの中で特に重要なのは、支払側の資力の問題です。これが自治体であれば資力については基本的には問題になりませんが、保険会社の場合、数十年後に存続しているか不透明であるという考え方もあります。
定期金賠償では加害者との関係が続くことから、被害者が事故のことを忘れられず、事故のことを引きずり続けるリスクがあります。
(定期金賠償のメリット)
・損害の公平な分担(被害者の介護状態の変化への対応)
・賃金水準の変化等への対応
・中間利息控除の回避
・加害者に対する懲罰的機能
(定期金賠償のデメリット)
・支払側の資力悪化・履行確保
・長年に渡り相手方との関係が継続する
(3)最高裁で示された定期金賠償の終期に関する考え方(逸失利益)
後遺障害の逸失利益に関する定期金賠償の終期について、最高裁令和2年7月9日判決で次のように判示されました。
最高裁令和2年7月9日判決
「後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たっては、交通事故の時点で、被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しないと解するのが相当である。」
つまり、最高裁は「後遺障害の逸失利益」について、特段の事情のない限り、定期金の賠償の終期を被害者の死亡時とする必要はないということを述べています(継続説)。
そのため、被害者が早期に死亡した場合でも、就労期間の終期まで賠償を続ける定期金賠償の判決が出せるということになります。この点について、補足意見では民訴法117条を適用又は類推適用して、被害者の死亡後に一時金による賠償に変更する訴えを提起するという方法も検討に値すると述べられています。
定期金賠償による方式であっても、被害者の死亡という偶然の事情で加害者側の賠償額が一時金賠償に比べて減るということにはならないということになるでしょう。一時金賠償との衡平性も考えられた判決ということになります。
加害者側が定期金賠償を求めた場合、どのように判断されるか
事故の被害者としては一時金賠償での請求を裁判所に求めたが、事故の加害者側から定期金賠償が相当だと主張があった場合、裁判所はどのように判断するでしょうか。
これについては、判断が分かれています。
東京地裁平成28年2月25日判決では定期金賠償が否定されています。これは、後遺障害1級が残存した被害者が加害者に将来の介護費用も含めた一時金賠償を求めて、加害者側が将来の介護費用は定期金賠償が相当だと主張した事案で、被害者らの一時金賠償を求めているのは明らかであること、被害者の症状が安定していることに照らすと、常時介護を行う必要等を考慮しても、一時金による賠償を命ずることが著しく相当性を欠くとまではいえないとしています。
これは、被害者が求めていない事項を裁判所が判決を下せるか、という処分権主義が絡んでくる問題になりますが、一時金賠償と定期金賠償では支払方法の違いに過ぎないという考え方もあります。
前裁判例でもあるとおり、被害者側の一時金賠償を求める意思、被害者の症状の安定性のほか、被害者の年齢、介護状況の変化の可能性や加害者側の資力なども考慮して、裁判所は一時金賠償か、定期金賠償が相当か判断を下すことになろうかと思われます。
定期金賠償請求の選択の当否
定期金賠償を求めるのか一時金賠償を求めるかについては、加害者に事件を忘れてほしくないといった特殊事情がない限り、基本的には一時金賠償を求めるケースがほとんどのように思われます。
加害者側の資力が十分である、中間利息控除は回避したいなどの事情があるようであれば、定期金賠償も選択肢の一つとして検討してもよいでしょう。
後遺障害逸失利益についても全てのケースで定期金賠償が求められるわけではありません。上記最高裁判例では不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当な場合には、定期金賠償の対象となると判示しています。そのため、定期金賠償を求めることができるケースは、これからの裁判例の集積によるところがあります。
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