むち打ち症のケースで接骨院を通院される方は少なくありません。
人によっては治療方法として効果的ですが、法的な賠償の観点から見た場合、対応方法を誤ると大きなリスクがあります。また、後から争いになるケースが少なくありません。
ー 目次 ー
接骨院での治療があとから否定される可能性
(1)接骨院での施術とは
接骨院とは、柔道整復師という国家資格保持者が施術を行う施設になります。
具体的には整復法や、固定法、後療法(手技療法、温熱療法、電気療法等)等を用いて、患部の回復を目指す治療になります。
一般的には整形外科に比べて、開院時間が長い、予約が取れる等の利用しやすさから、事故による頚椎捻挫・腰椎捻挫などで治療に接骨院を選ぶ方がいます。
また、人によっては整形外科のリハビリよりも整骨院での施術のほうが効果を実感される方もいます。
(2)接骨院の施術には原則として医師の指示が必要
賠償という観点から見た場合、接骨院の施術が認められず、結果的に接骨院の施術費用が自己負担となる可能性があります。
事故により負傷した場合の治療費は、あくまで治療の必要性や相当性、合理性がある場合に認められます。
整形外科のようないわゆる西洋医学における治療は、その必要性や相当性、合理性が認められやすい傾向にありますが、整骨院の場合は、柔道整復師という国家資格保持者がこれを行うものの、「医師」ではありません。
そのため、医学的に接骨院での施術の必要性や相当性の立証の問題があります。
裁判所の傾向としては、整骨院での施術が認められるためには、「原則として医師の指示が必要」と考えられています。
これは、専門的な医学知識を持つ医師がその患者に対して適切な治療として認めたものであることから、治療方法として必要性等があると判断されるためです。
(3)医師の指示がない場合の施術費用は認められるか
医師の指示がない場合の施術は、裁判所は否定的な傾向にありますが、必ずこれが認められないというわけではありません。
具体的には、①施術の必要性、②施術の有効性、③施術内容の合理性、④施術期間の相当性、⑤施術費用の相当性などが立証されれば、認められる可能性があります。
名古屋地裁平成30年8月31日判決 (施術費用の3割に限り認定)
「○○は,その受傷内容が他覚所見のない頚椎捻挫等であって,後遺障害も認められないものであるにも関わらず,○○接骨院への約5か月半の通院期間のうち106日を実際に通院しており,同時期に通院していた○○病院への通院と比べてその頻度は高く,施術費用も47万8260円と高額であった上,○○病院においても接骨院への通院を勧められていた訳ではなく,○○の判断により通院させられていたことが推認できることや,○○が小児であって,接骨院における高頻度の施術の必要性には疑問が大きいことからすると,本件事故と相当因果関係を有する施術費用については,施術費用合計の3割に相当する14万3478円に限られると解することが相当である。」
→医師が通院を認めていたこと、疼痛が減弱していたことなどから施術の必要性相当性は認めたものの、病院による積極的な指示があったわけではなく、施術費用が高額であり、小児で高頻度の施術の必要性には疑問が残るとして、施術費用の3割相当額を因果関係のある損害として認めた。
①の施術の必要性は、医師の指示がなかったとしても、接骨院での施術を容認・同意をしていた場合などが積極的な事情として働きます。
②の施術の有効性は、施術により疼痛の減弱の効果が表れているか等が、積極的な事情になります。施術証明書の記載や施術日数等も踏まえて判断されることになるかと思われます。
③の施術内容の合理性は、行われている施術方法が治療として合理性を有するかという点で、負傷部位と治療経過等をふまえて適切な施術方法がされているかという点が考慮要素となってきます。
④の施術期間の相当性は、負傷の程度により異なりますが、整形外科で医師による診察を受けている場合は、その治療内容・時期などが参考になります。その他、むち打ち症の場合、医学的な治療相当期間なども参考となります。
⑤の施術費用の相当性については定型的な基準があるわけではありませんが、労災保険の「労災保険柔道整復師施術料金算定基準」を参考にして、過剰に高額でないか検討する考え方があります。
接骨院に通院する場合のリスク軽減方法
(1)あとから施術が否定されたらどうなる?
保険会社が接骨院の施術費用を支払っていたものの、後から接骨院の施術費用が否定された場合、どうなるでしょうか。
この場合、接骨院の施術費用は自己負担となります。また、慰謝料は治療期間や通院日数によって増減しますが、接骨院の通院は治療として認められませんので、接骨院への通院は慰謝料算定の基礎にはなりません。
接骨院の治療費は、整形外科などの治療費に比べて高額になるケースが多いため、最悪の場合、保険会社から不当利得として治療費の返還請求を求められる場合があります。
しかしながら、接骨院は時間的な融通が利きやすく、施術で身体が良くなる方もいらっしゃいます。整形外科によってはリハビリを実施してくれないところもあります。
そこで接骨院を利用する場合は、可能な限り、後から争われるリスクを減らした上で通院することが望ましいでしょう。
(2)整形外科の医師の同意をもらう
前述のとおり、接骨院での施術について、医師の「指示」をもらえることがベストです。
ただし、医師が接骨院での施術を指示することは極めて稀です。そのため、接骨院で施術をしてもよいかを訊いて、同意をもらっておくだけでも意味があります。
そして、その際のやり取りについて、メモを取るなりして証拠化しておきましょう。
(3)整形外科にも並行して通院する
整形外科にも毎月1~2回は並行して通院することが大切です。
医師の診察を受けることで、医学知識を有する専門家により、その当時の身体状況に関する所見が証拠として残ります
争いになった場合、これが治療の必要性相当性などを立証する重要な証拠となります。
また、治療を継続しても完治しない場合、後遺障害の等級認定申請を行いますが、後遺障害診断書は医師しか作成できません。柔道整復師はこれを作成できませんので、接骨院のみに通院している場合、後遺障害等級認定申請ができないことになります。
施術費が争われるケースでも、整形外科で投薬治療を受けていないということが指摘されることがあります。
投薬により疼痛を抑える必要がないほどの身体状況であり、施術の必要性を否定する方向に働くことになります。
(4)施術部位と負傷部位の照合をしよう
首と腰を痛めて、医師の診察では「頚椎捻挫」、「腰椎捻挫」と判断されたとします。
これに対して、接骨院では首と腰だけではなく、腕や足まで施術がされていた場合、過剰施術として施術の必要性や合理性が争いとなります。
そのため、医師の負傷部位に関する診断結果を確認した上で、接骨院の先生に対してはそれを正確に伝えて、必要範囲外の施術は控えていただくよう依頼しましょう。
(5)効果を見極めて施術を受けよう
施術証明書には「経過緩慢」と記載がありながら、同じ施術内容が何度も長期間繰り返されているケースがあります。
このような場合、効果的でない施術が過剰にされたということで施術の有効性が否定的に働きます。
そのため、効果があまり見込めていない場合、別の施術方法をお願いするなどして、効果的な施術を模索しましょう。
(6)身体所見を施術証明書に詳しく書いてもらおう
柔道整復師は、直接施術を長時間行うことから、身体の状況や変化について専門家として気づきやすい面があります。
医師ではないので診断書は作成できませんが、施術証明書に詳しい身体の事実状態について記載することができます。
当時の身体所見は施術の必要性を主張する際に重要な証拠となります。
日常生活指導なども行われている場合、具体的な内容なども証明書の中に記載してもいらいましょう。
ただし、柔道整復師の身体に関する所見や意見は、裁判では強固な証拠としては採用されていない傾向にあります。
そのため、接骨院に通院する場合でも、必ず整形外科には並行して通院しましょう。
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