事故の相手が任意保険に加入していないケースは決して珍しくはありません。
強制保険である自賠責保険は人身の損害は一定額を限度に補償がありますが、物損に関しては補償されません。
そのため、どのような方法によって回収するかが問題となります。
ー 目次 ー
事故の相手方が無保険の場合の問題点
(1)任意保険と自賠責保険の違い
保険には強制加入である自賠責保険と任意保険の2種類があります。
自賠責保険は自動車損害賠償保障法で、自動車使用の条件となっており、自賠責保険を契約していない場合、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金となります。
第5条 自動車は、これについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険又は自動車損害賠償責任共済の契約が締結されているものでなければ、運行の用に供してはならない。
第86条の3 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第五条の規定に違反した者
他方で任意保険については加入が義務付けられていないため、任意保険が無加入のパターンが少なくありません。
自賠責保険のみに加入していた場合は、一定の保険金額までは「人身損害(治療費、慰謝料等)」に限り保険金の支払いを受けられます。ただし、車両の修理費や代車費用といった物損については、保険金支払いの対象とはなりません。
(2)保険会社が仲介しないので負担が大きい
相手方が任意保険に加入していないということは、仲介する保険会社が存在せず、直接相手方とのやりとりになります。
特に過失が発生しない追突被害事故の場合、自分の任意保険会社も仲介してくれないため、直接相手方と支払交渉をしなければなりません。
任意保険に加入していないということは、金銭的余裕がなく、支払いに窮することから、相手方としても対応がシビアなケースが非常に多いです。開き直り、暴言を吐くケースもあります。
また、電話をしてもこれに応答することなく、連絡先が不通になることも珍しくはありません。
(3)こちらから相手側のみに支払をせざるをえないことがある
相手方の運転者と相手方の車の所有者が異なる場合があります。
過失が発生する場合、相手方の車の損害について過失分を賠償しなければなりませんが、相手方の車の損害については所有者に賠償することになります。他方で当方から請求できるのは、あくまで原則として運転者です。
そのため、運転者が無資力の場合、当方は支払いを受けられないにもかかわらず、相手方の所有車に対しては支払わないといけないという状況が生じうるのです。
事故の相手方が無保険の場合に支払わせる方法
(1)交渉の際に相手方に支払いのメリットを与える(交渉術)
無保険者は金銭的余裕がないため、支払いをしたくない、又は支払い優先順位が低ければできる限り引き延ばそうとします。
そのため、事故の賠償金を払うことが何らかのメリットがあれば、優先的に支払いをする動機付けとなります。
具体的には、一定金額を約束通り分割で支払った場合は、残りを免除する、といった条件を付する方法です。
過失や損害額に争いがある場合にも、ある程度相手にメリットを与えて、ある程度の回収をしたほうが結果的に費用対効果に優れることが少なくありません。
そのため、和解をする際に、次のような和解条項を入れて、示談をするのも方法でしょう。
(70万円の分割を遅れることなく支払った場合、残金30万円を免除する場合の和解条項)
1 乙は、甲に対し、本件事故の損害賠償債務として金100万円の支払義務があることを認める。
2 乙は、甲に対し、前項の金員のうち、金70万円を、次のとおり分割して、毎月末日限り、○○銀行○○支店の甲名義の普通預金口座(口座番号○○)に振り込む方法により支払う。なお、振込手数料は乙の負担とする。
(1)令和〇年〇月から令和〇年〇月まで○万円ずつ
(2)令和〇年〇月に〇〇〇〇円
3 乙が、前項の分割金の支払を2回以上怠り、その額が〇万円に達した時は、当然に同項の期限の利益を失い、乙は、甲に対し、第1項の金員から既払金を控除した残金及びこれに対する期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで年3パーセントの割合による遅延損害金を直ちに支払う。
4 乙が前項により期限の利益を失うことなく第2項の分割金を支払ったときは、甲は、乙に対し、第1項のその余の支払義務を免除する。
(2)訴訟提起を行い、財産を差押える
ア 差押えまでの流れ
相手方が支払わない場合、訴訟提起して判決を取得すれば、相手方の財産を差し押さえることができます。
たとえば、相手方名義の銀行口座の預金を銀行から直接支払いを受けられたり、勤務先の給与から差し引いて直接支払いを受けるとが出来ます。
具体的には次のようなステップを踏むことになります。
裁判所に裁判の訴えを行います。事故証明書に相手方の住所が記載されています。
勝訴判決が確定すると、判決(債務名義といいます)に基づいて差押えができるようになります。
差押えに必要な書類を集めて、裁判所に差押えの申立てをします。
ただし、差押えをする財産について自分で探し出して特定する必要があります。
裁判所から差押えの通知が銀行や勤務先に行くため、取立して直接回収します。
裁判所に取立届を提出します。
イ 差押えする財産の調査方法
(ア)弁護士会を通じた照会(23条照会)
差押を申し立てる場合、給与であれば勤務先、口座であれば銀行の支店を特定しなければなりません。
この手段の1つが、弁護士会照会(弁護士法23条)となります。
弁護士が利用できる手段で、弁護士会を通じて照会状を企業や団体に送付し、回答を求める方法になります。
銀行についてはおおむね回答をもらえることが多いですが、拒否する銀行もあります。
非常に有効な手段ですが、デメリットとしては、照会先が個人の場合は原則としてできず、弁護士会で手数料が発生するところがあります。
なお、手数料は弁護士会により異なりますが、参考までに群馬弁護士会の照会手数料は1件あたり、4000円です。
(イ) 興信所を利用する
探偵事務所を利用すると、対象者の口座や勤務先を調査してくれます。
ただし、費用はそれなりにかかります。探偵事務所によりますが、1口座5万円~15万円程度の調査料は要するようです。
判明した口座に残高が必ず残っているとは限らないため、費用対効果は考える必要があります。
(ウ) リサーチ会社の情報から推測する
帝国データバンクや東京商工リサーチなどの調査会社は、企業の取引先銀行などの情報を有していることがあります。
相手方が勤めている可能性が高い企業又は過去に勤めていた勤務先がわかるようであれば、その企業の取引銀行に口座を有している可能性が高いため、そこから口座の特定を推測する方法があります。
(3)請求の相手方を変更する
ア 使用者責任を追及する
相手方が業務中の事故であった場合、相手方を業務として使用していた使用者(雇用主等)に対して、使用者責任を追及できる可能性があります。
交通事故の場合、トラックで業務輸送中などのケースなどが考えられます。
第715条1項
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
イ 車両所有者への請求を検討する
事故の相手方の車両について、所有者が運転者と異なる場合、人身損害については所有者へ賠償請求ができる可能性があります。自賠法3条で運行供用者が人身損害について賠償責任を負うことが定められています。
そして、車両の所有者がこの運行供用者としての責任を負うことがありますので、責任の要件を満たしている場合、請求することが出来ます。
自動車損害賠償保障法 第3条
自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。
車検証の所有者であるからといって必ず責任追及できるものではありません。所有者と使用者(運転者)との関係や車両を使用させていた事情など、運行支配・運行利益の有無から責任追及の可否が変わります。
その他の方法で補償を受ける
(1)相続人に責任追及
長期的な戦略になりますが、請求権を時効にしないように手段を講じながら、相手方が死亡後にその相続人に対して責任追及する方法が考えられます。
ただし、相続人が相続放棄した場合、請求が出来ないことには注意が必要です。
(2)政府の保障事業を利用する
相手方が自賠責保険ですら加入していない場合や、ひき逃げの場合、政府保障事業から損害のてん補を受けることができます。人身損害については、自賠責保険同様に損害が積算されて保障を受けることが出来ます。
(3)自分の自動車保険から補填をうける
ご自身の自動車保険で車両保険や人身傷害保険に加入している場合、そちらを使用して補填を受けるのが確実な方法になります。
相手方が破産した場合、事故による損害賠償請求はできなくなるのでしょうか。基本的には故意に事故を起こした場合や、重過失がある場合でない限り、基本的には免責が認められることとなり、請求は難しくなると思われます。
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