交通事故の示談交渉が平行線をたどる場合、最終的な解決は訴訟しかありません。
訴訟を行う場合、解決までに若干時間かかりますが、他方で訴訟を行えば、必ず結論に向かって進むため、示談交渉とは異なり、ゴールは近づいてくるメリットがあります。
ー 目次 ー
交通事故の裁判を起こしてから解決するまでの期間
(1)過失のみが争点の場合の期間
裁判は交通事故における争点の数や内容によって判決までに要する日数が変わってきます。
事故態様のみが争点の場合、おおむね第1審の判決までいくと訴訟提起から9~12か月程度、和解の場合は4~7か月程度の期間を要することが多いです。
(第1審のおおまかな流れとスケジュール)
訴訟提起→1か月後:第1回口頭弁論(相手方答弁書)→1か月後:弁論準備手続(相手方準備書面)→1か月後:弁論準備手続(自分側準備書面)→1か月後弁論準備手続(相手方準備書面)→1か月後弁論準備手続(自分側準備書面)→1か月後弁論準備手続(双方陳述書提出)+裁判所和解提案→1か月後和解成立 or 2か月後証拠調べ(尋問)→2か月後判決
控訴する場合は、さらに控訴提起から4~6か月程度要します。
ただし、事故態様の鑑定を行うケース、実況見分調書を検察庁から取り寄せるケース、信号サイクルの資料を警察から取り寄せるケースなどではさらに数カ月程度要することがあります。
他方でドライブレコーダーなどがあり、客観的な事故態様が明らかな場合、訴訟提起間もない時点で、裁判所から和解勧告が出されることがあります。
なお、過失に争いがある場合、相手方からも訴訟提起がされることがあります(反訴といいます。)。同時に審理されるため、争点が同じであれば、反訴により特別裁判の期間が延びることはありません。
(2)人身損害が争点の場合の期間
治療費や後遺障害、逸失利益などの人身損害の中身が争点となる場合、おおむね第1審の判決までいくと訴訟提起から12か月~14か月程度、和解の場合は10~12か月程度の期間を要することが多いです。
(第1審のおおまかな流れとスケジュール)
訴訟提起→1か月後:第1回口頭弁論(相手方答弁書・カルテの文書送付嘱託申立)→2か月後:弁論準備手続(相手方準備書面)→1か月後:弁論準備手続(自分側準備書面)→1か月後弁論準備手続(相手方準備書面)→1か月後弁論準備手続(自分側準備書面)→1か月後弁論準備手続(陳述書提出)+裁判所和解提案→1か月後和解成立 or 2か月後証拠調べ(尋問)→2か月後判決
人身損害で特徴的なのは、カルテの取り寄せを行う手続があります。これを文書送付嘱託といいます。
裁判所を通じて、通院先の病院に診療録などの医療記録の取り寄せをお願いすることになります。
この手続で診療録が出てくるのが申立から1~1か月半程度かかります。
さらに膨大な量の診療録には、専門的な医療用語などが略語で記載されているため、カルテ翻訳をする必要もあります。
そしてカルテから事実関係を抽出し、主張を組み立てることになるため、書面作成に若干の時間を要し、争点も複雑化することが少なくありません。
そのため、過失のみが争点の交通事故裁判と比較して、解決までの時間は長くなる傾向にあります。
裁判を弁護士に依頼した場合に必要な協力と負担
(1)打ち合わせと裁判所への出廷
ア 弁護士との裁判の打ち合わせと陳述書の作成
交通事故の訴訟を弁護士に依頼した場合、基本的に裁判対応は弁護士が行いますが、必要に応じて協力が必要になってきます。
弁護士は事実に基づいて主張を行うため、事故当事者でしかわからない情報や事実が多々あります。
そのため、事実関係の聴取に関する打ち合わせ(電話又は面談)が必要になります。
また、訴訟も終盤に近付くと、「陳述書」という書面を作成する必要があります。
陳述書とは、当事者が自分の言葉で争点に関する事実を説明するものです。たとえば、事故状況であったり、通院状況や身体状況に関する説明です。
基本的には弁護士のサポートによりこれを作成し、最終的に署名捺印したものを裁判所に提出が必要となります。
イ 裁判所への出廷
裁判には基本的には出廷する必要はありません。弁護士が代理人となって出廷するためです。もちろん、出廷していはいけないということではないため、裁判に同席することもできます。
出廷が必要なのは、審理が進み、判決前に当事者に尋問手続を行う場面です。
事故態様や負傷状況など争点に関して、裁判所で質問に答えてもらう手続があります。
尋問手続は裁判所で月曜~金曜の平日(10時~17時)に実施されます。1か月以上前には予定がわかります。
それでは尋問手続に欠席した場合はどうなるでしょうか。民事訴訟法で次のように規定されています。
民事訴訟法第208条
当事者本人を尋問する場合において、その当事者が、正当な理由なく、出頭せず、又は宣誓若しくは陳述を拒んだときは、裁判所は、尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができる。
当事者が正当な理由なく出廷しなかった場合、相手方の主張を真実と認めることができるという規定になっており、争点について重大な不利益を受ける可能性があります。そのため、訴訟を行う場合、出廷への協力は不可欠です。
ただし、尋問を行う前に裁判所から和解提案がされることも少なくありません。
和解で終わる場合、1度も出廷することなく訴訟が終わることが一般的です。
ウ どこの裁判所に出廷することになるか
交通事故の裁判を取り扱う裁判所は、訴訟提起時に選択することになります。
ただし、裁判所には管轄があるため、どこの裁判所でも訴訟提起できるわけではありません。
交通事故の場合、原則として「自分の住所地を管轄する裁判所」、「交通事故が発生した地点を管轄する裁判所」、「被告の住所地を管轄する裁判所」のいずれかに訴訟提起を行うことができます。
出廷の負担を考えれば、「自分の住所地を管轄する裁判所」に訴訟提起するのが合理的ですが、被告の住所地を管轄する裁判所のほうが自宅からのアクセスが良い場合は、そちらを選択するのも方法です。
なお、相手方から訴訟提起をされて特定の裁判所に訴訟が係属した場合、審理する裁判所を変更する移送の申立てもできますが、特別な事情がない限り、認められないのが実務です。
裁判所の管轄については、裁判所のHPにそれぞれ管轄地域が掲載されています。
また、求める賠償額によって、地方裁判所(140万を超える場合)又は簡易裁判所(140万円以下)に訴訟提起することになります。
(2)裁判の費用の負担
ア 弁護士費用特約がある場合
ご自身の自動車保険に弁護士費用特約が付帯されている場合、同特約により弁護士費用が支払われます。
一般的には弁護士費用が300万円まで支払われる内容になっています。
裁判に至ってもほとんどのケースで300万円の範囲内で弁護士費用は収まりますので、自己負担がない方がほとんどでしょう。
例外的に高度の後遺障害等級があり、賠償額が数千万円以上にのぼるケースでは弁護士費用が300万円を超える可能性がありますので、事前によく確認しておいたほうがよいでしょう。
弁護士費用特約の詳しい内容については、【弁護士特約を確認】弁護士費用特約の内容と利用方法で解説していますのでご覧ください。
弁護士費用特約を使用するケースにおける弁護士費用の算定基準は、保険会社と日弁連が協定しているLAC基準と呼ばれるものに基づくのが一般的です。なお、LAC基準を採用していない保険会社もあるため、使用する弁護士費用特約については保険会社に確認した方がよいでしょう。
イ 弁護士費用特約がない場合
弁護士費用特約がない場合、ご依頼される弁護士との契約内容により自費で弁護士費用を負担することになります。
なお、相手方に対して、弁護士費用として損害認容額の10%相当額が請求できます。判決に至ればこれが認められますが、和解ではこれを除くことが一般的であるため、これが受領できると見込んでおくのは注意が必要です。
また、訴訟提起時に裁判所に印紙などを収める必要があります。参考までに100万円の請求であれば、印紙代は1万円、500万円の請求であれば3万円が目安となります。
ウ 敗訴をした場合の訴訟費用の負担
裁判で全面的に敗訴した場合、判決で「訴訟費用は原告の負担とする」とされることがあります。
訴訟費用とは、訴訟提起時に収める印紙や、訴訟追行のための郵便料、証人の日当等が含まれます。
この訴訟費用の負担は、裁判所に訴訟費用額の確定手続を行い、金額を決めてもらうことになります。
実務では確定手続まで行い、負担を求めることはそれほど多くはありません。
民事訴訟法 第71条1項
訴訟費用の負担の額は、その負担の裁判が執行力を生じた後に、申立てにより、第一審裁判所の裁判所書記官が定める。
交通事故で裁判を行うメリット・デメリット
(1)裁判を行うメリット
ア 裁判基準による賠償額を求めることができる
裁判外での示談交渉では、裁判を行った場合の基準による慰謝料などの損害賠償を求めても、保険会社としては満額支払いに応じるメリットがないため、それよりも低い額の提示が限度となります。
そのため、裁判基準での慰謝料などの満額を求めるのであれば、訴訟提起を行うことになります。
イ 判決まで至れば遅延損害金や弁護士費用が認められる
裁判外では遅延損害金や弁護士費用については請求ができない(請求しても保険会社が支払ってくることがない)ですが、判決まで至れば事故日からの遅延損害金と弁護士費用として請求認容額の10%が追加で認められます。
ウ 時効の問題をクリアできる
交通事故は不法行為に基づく損害賠償請求なので、時効としては3年です。
そのため、いたずらに示談交渉が長引く場合、請求権が時効の問題も生じます。
時効期間内に訴訟提起を行えば、訴訟自体が長引いても、時効の問題は生じません。
エ 必ず結論が出る
示談交渉の場合、双方の和解条件が合致しない限り永久に合意に至りませんが、訴訟提起を行った場合、和解ができなくても、裁判所から「判決」という形で結論が示されます。
そのため、訴訟自体はゴールに向かって確実に進む手続といえます。
オ 判決に基づいて差押えができる
相手方が無保険者で不合理に支払いを拒んでいる場合でも、裁判で判決を得れば、相手方の財産に対して強制執行をすることができます。
具体的には銀行口座の差押え、給料の差押えなどにより、強制的な回収が可能となってきます。
(2)裁判を行うデメリット
ア 裁判には時間がかかる
裁判を行う場合、解決までに早くて半年、長くなると2年程度かかることもあります。
裁判は1か月に1回程度のペースで進むため、双方がそれぞれ主張反論を繰り返すと、結論までに時間がかかるためです。
そのため、裁判を行う場合は長期的に解決をみたほうがよいでしょう。
イ 出廷などの裁判対応の負担がある
裁判を弁護士に委任する場合でも、尋問となった場合、少なくとも1回は裁判所に出廷する必要があります。
また、訴訟の打ち合わせなどで弁護士の方針に協力する必要があるでしょう。
ウ 結論が必ずしも望むものになるとは限らない
判断を下すのは最終的には第三者である裁判所になります。
そのため、望んだ結論が得られるとは限らないため、その点のリスクを踏まえた上で訴訟提起をするか検討することになります。
裁判自体は、示談交渉で乖離が大きい場合や平行線をたどる場合に非常に有効な手段です。
事案によって、裁判を行うとリスクが高いものや、逆に裁判をしたほうがよいものなどがあるため、担当する弁護士の意見を訊いた上で、訴訟まで踏み込むが検討されるのがよいでしょう。
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